ほら、あなたは知らないでしょう。あたしがどれだけ空っぽなのか。マニキュアに毒をもたせてあなたの肌に、なんて。そんな初夏の冗漫を自ら嗤っていることさえ。


「好きだよ」


あなたがそれを口にする度、あたし達の空間はどんどん暗くなっていくの。好きだよ、愛してる。そんな言葉が、もう一年も経つうちに嘘になっていた。真からでた嘘としか言いようの無い。仮面のない愛情の嘘。


「あたしも。ねえ、この前友達に聞いたんだけど、」


そんなどうでもいいような話にあなたは相槌を打つでしょう。あたしは益々話したがって、あなたの相槌を欲しがるわ。だからほら、あなたは知らないでしょう。そんな依存にも暴走があることを。

夏に出遭ったあなたのことを、かけがえのない存在にしてしまったのはあたしの人生の大失敗だと、今では思えるようになった。それから付き合うようになるまで丁度一年を要して、あたしたちが恋人の名目でいられるようになったのも夏だった。体が、脳が融解してしまいそうなほど暑い日ばかりの。
一年経たないうちからあたしはあなたに依存して、夏に食べるアイスのような麻薬作用を齎された。そう言うときっと、あなたは厭がるんだろうけど。
小さな確信は可笑しな自信に変わって、あたしとあなたの間に何かがあるのはいつだって夏なんだと思う。
こうして今、こんなにも暑い部屋の中で本当のアイスみたいに冷たくなったあなたを喰べてしまいたいと思うことも罪なのかしら。或いは罰かもしれない。あなたに教えなかったことへの。

だけどねえ、あなたは知ろうともしなかったでしょう。あたしがどれだけ空ろだったか、ストッキングか何かをあなたの首に飾ってあげよう、なんて色褪せていく夏の熟れた果実を自ら洗っていることさえ。

最後に手紙を読ませたことだけは後悔しているのよ。こんな話にも相槌をうってくれたらいいなんて思ったりしたあたしが莫迦だったの。どんなに依存してもそれ以上の高揚は無いなんて、ほんとに変。抑えきれない貪欲さは暴走することだってあるのに。

もう幾度目かの夏がきて、あなたはあたしの人形遊びに付き合ってくれたから。それだけで満たされたわ。ありがとう。でもごめんなさい。また空っぽになってしまったみたいだから、ここで然様ならをするね。

バイバイ。


夏の或る日、36℃の室内にて。かしこ。






縊殺36℃






(07.08.07)


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