私の頭の中にお化けがすんでいる。
結局はイメージだ。そこにあるはずのないイメージ。目蓋を綴じる。仄暗い中から綺麗な男の子が笑いかける。私に向かって言葉を突き立てる。
「ねえ、食べてあげる」
同じ言葉ばかりを。
「なんで」
私が不機嫌そうに言葉を返すと、その妄想はまた面倒くさそうに、けれど私よりずっと楽しそうに答えるのだ。
「なんででもだよ。きみが憂鬱だって言うから、きみごと食べてあげるだけ。ね、食べてあげる」
「いやだ」
「じゃあキスしよう」
彼が私の唇をついばむ。ご丁寧に感触まである。こんなものは錯覚なのだ。本当にくだらない私が考え出したつまらない幻想。イリュージョン。
だから意味なんてないのに、理由なんて持ちようがないのに、ただひたすらに私の頭の中では、そのお化けが私を愛している。そういうことのすべてに、私は胸を締め付けられる。懐の奥まで私を知っているお化け。私以上に私を愛してくれるお化け。そんなイメージ。そんな憂鬱。ああ、消えてしまえばいいのに。
「消えないよ」
綺麗な声で彼が笑う。実際には声なんてしない。聞こえているわけじゃない。ただそういう感じがするだけだ。
彼の声は、おとなしい猫の鳴き声みたいに、ゆったりと耳に届く。
「愛してあげようか」
「くれるの」
「ほしいだけ」
きみがほしがる分だけあげる。悪戯っぽい顔だ。いやな奴なのかもしれない。私が思い描いたはずの非現実は、思いの外、私にやさしくないのだ。
「いらないよ」
ふてぶてしい顔で、というよりもそういう心地で私が拗ねる。それから彼はまた同じ言葉を投げつけてくる。「食べてあげようか」まるで機械的なやりとりだ。変則的で、変質的な、できそこないのプログラム。
「やさしい嘘ならあげるよ」
「ばーか」
嘘でもいいかな、と私が小さく呟くのを合図に、ばかだね、と彼が甘く落として、私の唇をふさぐのだった。
わ た し の お 化 け
(イメージは、目蓋の裏から永遠に消えない。)
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