香水の薔薇なんて、永くは保たない。
手首から薄れていく甘ったるい液体はどこへ消えたのか?
廻るだけの2時間。
枯れてしまった薔薇の方が、よっぽど美しいと思った。






アウトローと嗜好





ぼくよりも少しだけ背が高い彼は、大人に似たことを言ったり、或いは幼い子供のような行動をとったり、と忙しい。急いで、ゆるやかになる。感覚がすべてなのだ。彼にとっての世界。星と父と学校を愛する。それは彼が神様でいられる世界。内包する、自らが視た世界。
それをぼくが言うと、彼は決まってこう言った。ミスナ、きみはとっても賢いね!そんな言葉を放り投げながら、満面の笑みで手のひらを打つ。どうしたってぼくたちは同い年のともだちなのさ。それでもこうやって何もかもが美しくみえるのは、ぼくに無いものが感じられるから。大人ぶった台詞と子供じみた表情で、彼と、加わってぼくまでもがアウトロー。



「いいにおいだな」



風の近くで彼は言った。ぼくは驚いた拍子に、含んでいたお茶を不意に飲み下す。噎せこんでしまったから返答どころじゃない。



「何やってるんだ…ミスナ」
「トユカが妙なことを言うからだろ!」
「おかしなことは言ってない」
「言ったってば」
「まさか。ただ、いい匂いって言っただけだろ」
「それだよ、それ!」



彼の綺麗な顔いっぱいに疑問符が散っている。ぼくは一呼吸だけ置いて、咳払い。これは説明するしかないな。あんまり、言いたくないけれど。



「香水をもらったから、ためしにつけてみたんだ」
「香水?」
「そう、薔薇の香水」



ああ、ほら。そういう顔するじゃないか。男が(、しかも子供が)香水つけるなんて。そんな風に、言いたげな顔。今じゃ珍しくないんだよ。トユカは知らないだろう。



「ミスナは、」
「…うん」
「この香りが似合うな」
「え、」
「俺は、ミスナがつけるなら、すきだよ」



他の誰かがつけてる香水とは、違う気がするからな。



「それは、―――…」
「ん?」



それはどんな香りでもそうなの?君が嫌いな匂いでも、そう思うの?
ぼくがつけているだけで。ぼくがつけていれば。


そういう、ことなのかい?



「…いや、なんでもないよ」
「そうか」



言葉の足りない会話に、不満を抱いたりしないのは。
在ると信じていたくなる、温かな血液と、太陽の音のせい。












  








けれどその香りは午後になると、ぼくの手首から逃げてしまった。








081109



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